ライター小川志津子の、ウンナン滞在記〜12月22日〜


はいどうもこんばんは。ライター小川でございます。

 

今週のハタチ族さんは私にとって、

前から観たかったけど観られずにいたものたち」ウィークです。

興梠さん。ぜひお会いしてみたかった。ようやく叶いました。

 

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今年最後の『鈴虫だいすき、興梠さん』。

2年前、野外音楽イベントで生まれた作品なのだそうです。

みんな、音楽を聞きに来てる。そしてそれが流れてる。

その場の需要と供給のサイクルはすでに満たされていて、秋の空は高くて、

そんな完璧なシチュエーションの中で、お芝居はあのトーンで始まるわけです。

 

声を張り上げるでもなく。大げさに動きまわるでもなく。

ただぽつねんと佇んで、誰かひとりに語りかけるようなトーンで。

 

限りなく穏やかにケンカ売ってる。そんな芝居です。

 

今日はね、ステージ向かいの「アルカス」さんから、

テレビの音がずーっと聞こえてきてました。

でもだからといって誰も動じないし、お芝居の空気は特に歪まないのです。

なぜならあれは、興梠さんと、観客ひとりひとりとの、サシの対話だからです。

 

興梠さんが、若き日の自分の話をします。

観客も、つられて自分のそれを思い出します。

心を寄せている異性から不意に差し出される、さりげない理解。

戸惑いすぎて、「ありがとう」も言えずに終わりゆく青春。

 

そう、人生ってね、

言い逃がした「ありがとう」でできてる気がするんです。

 

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興梠さんの胸の中には、きっと「ありがとう」が溜まりに溜まっていて、

そいつが涙腺に栓してるんだと思うんだ。

最初の「ありがとう」がぽろりとこぼれたら、

きっと涙はそこから落ちてくる気がする。

 

興梠さんはたぶん、「泣けない」ことを悲しんでるんじゃないんです。

大切な人たちが先にいってしまい、

伝えきれなかった「ありがとう」がただただ溜まっていく、

そのことが悲しいんじゃないかと思うんです。

 

これは、いつかの、自分だ。そう思いました。

 

サイトーくんによると、この演目は傍目で観るよりくたびれるんだそうです。

始めた頃は、30分も一人芝居するなんで未知の領域だった」んだそうです。

ほお。じゃあ、今はどうなんですか?

 

今は、30分じゃとても足りないです」。

 

おおお。

じゃあこれから先、どーなっていくんだ。

 

西藤将人の、ひとりギリシャ悲劇。

2030年上演予定。乞うご期待。

 

 

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12月22日『鈴虫だいすき、興梠さん』にて。

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