雲南オイルまとめ


こんにちは。西藤将人です。

6月12日に千穐楽をむかえた雲南オイルについて、僭越ながらまとめてみたいと思う。

 

 

オイルの出演オファーを受けたのは昨年末のことだったのだけど、正直に言って引き受けるかどうかはかなり消極的だった。

その理由はこの作品のもっている強烈なテーマを、僕が役者として伝える覚悟があるのか自信がなかったからだ。

 

オイルは古事記をモチーフに語られるとはいえテーマは過激で、原爆、9・11など、僕の32年間の物差しじゃ図れないような、とても危険な戯曲。

下手すると“物語”ではなく、“主張”になってしまう演劇。

 

半端な気持ちじゃやれない。

表現者が表現の自由を盾になんでもやっていいわけじゃない。

断固たる信念と覚悟をもってないと舞台に立てない。

そして、間違ってたときにはすぐに認める素直な心も。

 

出演を決めたのは今年の2月。

『五十嵐伝』出演のため広島に滞在中に原爆資料館へ行き、外へでてすぐに空を見上げたときだ。

70年前この上空で一発の原子爆弾が爆発し、一瞬で廃墟と化した瞬間が目に浮かんだ。

 

この景色をお客さんに見せるんだなって、そう思うと怖くてたまらなくなった。

 

僕が出演しなくてもオイルは上演される。

広島からご来場してくださるお客さんもいるだろう。

この恐怖を知った僕が出演する意味がある気がした。

 

オイルはなにがなんでも成功しなければならない。

そのためには万難を排すと決意した。

 

稽古場で僕は、いち役者として以上の行動にでることにした。

納得できないことはできないと言い、僕が登場しないシーンにも口をだした。

役者同士のダメ出しなんて演出家にしてみればやりにくいにきまってる。

本番一週間前には座組のみんなを凍らすような言葉もはいた。

 

現場はかなり混乱してしまったと思う。

だけど僕個人の感情での行動ではなく、お客さんのため、オイルという作品のため、演劇のための行動だったと言いきれる。

まぁだからといって、それがすべての免罪符になるとは思ってないけどね。

 

稽古終盤、座組全員の「なんとかしていい芝居にするんだ。絶対にあきらめねーぞ」的エネルギーは凄まじかった。

みんなで形振り構わずつくった舞台、それが雲南のオイルだ。

 

舞台のバラシをしながら広島のあの空を思い出す。

参加してよかったと、心から思った瞬間だった。

 

 

なにはともあれ初顔合わせから約三か月の稽古を経て、『オイル』は無事に千秋楽を迎え、大成功のうちに幕を閉じた。

ご来場くださった皆さま、関係者の皆さま、本当にありがとうございました。

 

 

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座組のみんなと共有したこの時間は、僕にとってかけがえのない財産。

またみんなと共演したいな。

でもまずは6月27日の『one person play』。

膨大な台詞を覚えなきゃだ……。

 

 

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